最近、どうしても目が離せない動画がある。ハルカなRUNさんの「【富士五湖ウルトラマラソン2025】夢に見たウルトラランナーを目指して初の100km完走を目指す/35th Challenge Fuji 5Lakes Ultramarathon 100km」だ。映像を開いた瞬間から、僕の心は動画の世界に引き込まれ、最後のゴールシーンでは、胸の奥が熱くなる感覚に包まれた。
この動画を見て思ったのは、単なるレース映像や結果報告とは全く次元が違うということだ。スタート前の緊張した空気、ランナーの表情、ペースを探りながら進む足取り――細かい描写の一つひとつが、画面越しにまるで自分がそこにいるかのような臨場感を生む。僕は自然と、映像の中のランナーと一緒に走っている気持ちになっていた。
富士五湖ウルトラマラソンは距離だけでも100km。想像してみてほしい。朝早くにスタートし、日中の暑さや風雨に耐えながら、湖や山を越えて、ただひたすら前に進む過酷なレースだ。その過程で体はどんどん消耗していく。脚の筋肉は悲鳴を上げ、呼吸は荒くなる。動画を見ているだけでも、そんな緊張と疲労が伝わってくるのだ。
自分もあんな体験ができたら――そう思わずにはいられない。100kmを走り抜けるランナーの姿を見て、自分だったらどこでペースを落とすか、どの坂で踏ん張るか、どこで心が折れそうになるかを頭の中でシミュレーションしてしまう。映像はただの記録ではなく、僕にとってのイメージトレーニングになっていた。
この動画の凄さは、リアルな感情表現にある。苦しいときの表情、足を引きずりながらも前に進む決意、思わず涙ぐむ瞬間――創作されたドラマではなく、本物の感情が画面に映し出されている。それが、観ている僕に圧倒的な没入感と共感をもたらすのだ。
映像制作において、ストーリーを作り込む手法は多い。キャラクターを立たせ、物語を演出し、視聴者を引き込むテクニックは確かに有効だ。しかし、今回の動画は違う。ランナーが本当に苦しいときの心の動きが、そのまま映像に現れている。そのリアルさが、創作よりも100倍面白い理由だ。
僕は動画を見ながら、頭の中で自分の走るシナリオを描いていた。スタートからどのペースで走るか、エイドステーションで何を補給するか、後半の疲労にどう対応するか――映像の中のランナーと自分の頭の中の「自分」がリンクして、まるで疑似体験をしているようだった。
さらに面白いのは、動画を見ているだけで自然とモチベーションが上がることだ。普段の練習では味わえない、極限まで追い込まれる状況を疑似体験することで、自分も「負けたくない」と思えてくる。映像の力はすごい。数字やデータだけでは得られない、心の準備や覚悟まで与えてくれるのだから。
映像を見ていると、つい自分の練習のことを考える。今日のジョグはどのペースで走るか、明日のポイント練習はどこまで追い込むか。映像の中のランナーが苦しむ姿を見ることで、自分の身体や心を少しずつ本番仕様にチューニングできるような気がするのだ。
もちろん、実際のウルトラマラソンは映像で見た通りにはいかない。天候や路面状況、体調、精神状態――すべてが未知数だ。動画で学べるのはイメージや心構えであって、現実の体験の代替にはならない。それでも、映像の中で感じた感情は確実に自分の血肉になっている。
特に印象的だったのは、ゴール直前のランナーの表情だ。疲れ切った身体で一歩一歩前に進む姿に、自然と涙がこぼれそうになる。映像は編集されているのかもしれない。でも、苦しさと喜びが交錯する瞬間のリアルな感情は、嘘ではない。それが視聴者の心を打つ。
僕は思わず考えた。創作のストーリーよりも、リアルな感情のほうが100倍面白いのではないか、と。作られた演出は計算されていて美しいかもしれない。でも、心が揺さぶられるのは、ランナー自身の苦しみや喜びがそのまま表れた瞬間なのだ。
この動画を見ていると、ランニングがただの運動ではなく、人間の感情や挑戦、葛藤の連続だと改めて感じる。努力、忍耐、達成感――ウルトラマラソンには、すべての人間的要素が詰まっている。その魅力を、映像を通して疑似体験できるのだから、何度も再生してしまうのも当然だ。
結局、動画の面白さは「リアルな感情」と「没入感」に尽きる。創作されたストーリーや演出よりも、ランナーの本当の苦しみや喜びが、圧倒的に観る側の心を揺さぶる。僕は今日も、ハルカなRUNさんの動画を何度も再生しながら、自分の練習に向けて心を熱くしている。
そして、この動画を見た後の自分は、ただ感動して終わるのではなく、自然と行動に移したくなる。明日のジョグを少しペースアップしてみよう、週末のロング走で距離を伸ばしてみよう――そんな気持ちが湧き上がるのだ。動画の力は、単なる娯楽を超えて、僕の練習の一部になっている。
富士五湖ウルトラマラソンの映像は、見ているだけで熱くなる。まだ現実には挑戦していない僕でも、映像を通して体験した疑似ウルトラマラソンは、心の中で確実に積み重なっている。いつか自分もあの映像のように、極限まで追い込まれながらも前に進む体験を現実で味わいたい。
結論として、映像の力は計り知れない。リアルな感情が映し出されることで、観る側の心まで動かす。創作では決して作れない緊張感、苦しさ、そして達成感がある。僕は今日も、何度も再生しながら、自分の走力と心を少しずつウルトラマラソン仕様にしている。

