本来なら朝早くにシューズの紐をぎゅっと結んで、田んぼのあいだを走り抜ける予定だった。けれど“熊が出るから気をつけて”という一言が旅の計画をあっさり書き換えてしまった。結果として僕は走らなかった。しかし、走らないからこそ見えたこと、味わえたこと、考えられたことがここにはある。

1. プロローグ:走るつもりだった僕
旅の前夜、僕の心は準備万端だった。Garminの充電は満タン、ウエアとシューズはバッグに揃い、朝食用のエネルギージェルも一袋忍ばせてある。仕事や日常のルーティンの合間につくった“走るための余白”が今回の旅のテーマだった。
“旅ラン”は単なるランニングではない。いつものルートとは違う空気、知らない道路、地元の匂いが加わることで、生の感覚が研ぎ澄まされる。田んぼのあいだを走っていると、小さな発見が次々と現れる。そんな旅を想像していた。
だったのに——念の為の熊マップ検索がすべてを変えた。「めっちゃ熊出まくってるじゃん」。その瞬間、頭の中で二つの声が競った。ひとつは「せっかく行くだから走ろう」、もうひとつは「命あっての物種」。結局、後者が勝ち、僕は走らないことを選んだ。
2. 熊の話と「走らない決断」
熊マップのリアルな情報は強力だ。ここ最近の熊のニュースの多さからか少しいやかなり及び腰なのである。
走ることが好きな僕でも、“熊が出る”というリスクを冷静に考えれば、短い旅を棒に振るような行為はできない。特に早朝や薄暗い林道は、遭遇の確率が上がる。僕の身勝手さよりも、周りに迷惑をかけないことを優先した。
この決断は一見、弱さのようにも見えるかもしれない。だが、旅は勝ち負けや自己評価だけで測るものではない。時には“行かない勇気”が必要だと僕は思う。そういう意味で、この判断は正しかった。
3. 走るために準備していたこと(だけど走らなかった)
薄々走らないだろうなとは思っていた自分もいる。走らないかもしれないと念の為の準備はしていた。その“先回りの習慣”についてちょっと書き残しておきたい。
- 前日までの追い込み:1日オフになることを見越して1週間オフなしで走り込んでいたのである。もちろん当日の朝も閾値走をかましてから出発している。これが“走らない罪悪感”を和らげる保険になった。
- 装備チェック:Garmin、シューズ、ウェアのチェックなどはいつもの儀式。結局、出番はなかったが、こうした準備は気持ちのスイッチを入れてくれる。
- メンタルの整理:もし走れないなら食べよう、とポジティブに切り替えるためのスイッチを心の中で入れておいた。これが二日間の食欲に直結するとは、その時はまだ知らない。
4. 魚沼の朝とコシヒカリのちから
魚沼は“米の産地”という言葉だけでは片付けられない。空気、土、雨、温度——それらの積み重ねがコシヒカリという“特別な炊き上がり”を生む。炊きたてのご飯の香りは、それ自体が旅のアトラクションだ。
朝食ビュッフェでの記憶は鮮烈だ。白い湯気、ふっくらとした一粒一粒、そして噛むたびに広がる甘み。ランナー目線で言えば、走った後の米はまるで心臓に直接染み込むような回復力を持つ。ただ今回は走っていないので、純粋に“おいしい”という感覚だけを堪能した。
この土地のご飯は、どんなおかずをも引き立てる。ローストビーフにのせても、寿司の間に挟んでも、シンプルにおにぎりにしても成立する。食卓で米が主役を張る瞬間を何度も見た。
5. 小嶋屋のへぎそば、初体験の衝撃
魚沼に来たら、一度は“へぎそば”を体験してみたかった。選んだのは小嶋屋という名店(地元の雰囲気満点)。店内の空気からして期待値は高い。
へぎそばは見た目からして特徴的だ。平たい器にきれいに並べられた麺。その喉越しは“つるっ”としていて、蕎麦というよりは“新しいジャンルの麺”という印象を受けた。一般的な蕎麦に期待する素朴さや粗挽きの風味は控えめで、代わりに滑らかなコシとリズミカルな食感が際立つ。
量のチョイスを誤った僕は、頼んだ分を黙々と平らげる。美味しいと、つい手が伸びてしまうのは旅行の悪魔だ。間違いついでにミニ鶏天丼と角煮まで頼んでいる。けれども、これが魚沼での“食の冒険”の始まりに過ぎなかった。


6. 夜のビュッフェと八海山大吟醸の幸福感
夜、宿のビュッフェは“戦場”のように楽しかった。ローストビーフの塊、寿司の皿、地元の惣菜がずらりと並ぶ。普段は抑えている“取捨選択の力”をここでは完全に休ませることにした。
アルコールは八海山の大吟醸を選んだ。どうして日本酒がローストビーフに合うのか説明できないが、口の中で肉の旨味がふくらみ、その余韻を大吟醸が優しく洗い流す。これは新たな発見だった。酒の世界って、まだまだ未知のペアリングがある。
寿司とご飯と日本酒のループはまさに“炭水化物×炭水化物×アルコール”の三位一体。これが幸福の方程式であるならば、僕は完全に満点を取った。
7. 二日間の炭水化物トリプルアタック(詳細レポ)
ここからは食べたものリストを時系列で振り返る。自分で見返しても驚く量だが、これが旅のリアルだ。
初日
- 昼:へぎそば(小嶋屋) — 麺のコシとつるりとした喉越し。量を読み間違え満腹。
- 夜:宿のビュッフェ — ローストビーフ、寿司数貫、ハンバーグ、八海山大吟醸これが美味い。もちろん主役はコシヒカリ
2日目
- 朝:宿の朝食ビュッフェ — 炊きたてのコシヒカリを何杯も(正確には覚えていない)、地元パン、新潟名物タレカツ丼、カレーラーメンなどなど
- 午前:軽めのプールジョグ(30分程度)で消化を促すつもりが、逆に空腹が加速。
- 昼:魚沼の里で軽くおにぎり(鮭)とモツ煮。猿倉山ビール醸造所でハンバーガーと、バターとあんこのパン(罪深い組み合わせ)。
このリストだけでも、炭水化物の密度がかなり高い。朝昼晩すべてに炭水化物があって、さらにアルコールがそれをサポートする構図。栄養学的には完全にオーバーリミットだが、旅先の食は記録と感覚が大事だ。

8. 魚沼の里で感じた日本酒の匂い
魚沼の里に近づくと、風景の中に微かな日本酒の香りが混じり始めた。発酵の香り、糀の甘さを匂わせる空気は、普段の都市では味わえない“地域の香り”だ。
工場見学をしなかったのは時間の都合だが、見学しなくても十分に楽しめる。香りが僕の記憶を喚起し、八海山を飲んだ昨夜の余韻を呼び戻す。小さな子ども連れの家族も、カップルも、みんながそれぞれのペースでその香りを吸い込み、旅の一部にしている。
9. まとめ:走らない旅の価値と次回の計画
今回の旅から得た大きな学びは、旅は“行動”だけで価値が決まるわけではないということだ。予定を変えること、やりたいことを我慢すること、それらすべてが旅の一部になり得る。
熊に遭遇するリスクを避けるために走らなかったことは、必ずしも負けではない。代わりに食べたもの、感じた匂い、出会った人々の笑顔——それらが旅を豊かにしてくれた。
帰路の車中、僕はGarminの画面を見る。走らなかった記録はそこにないが、心の中には確かな満足のログが刻まれている。次にこの土地を訪れるときは、朝焼けの田んぼを走り抜ける自分を想像しながら、また飯を何杯か食べるのだろう。
旅の終わりに思ったことは一つ。「走らないでよかった」ということと「走ってもよかったかも」という相反する感情の共存。それがこの旅の正直な結論だ。

