布団に負けた朝、サボりかオフか?

1. 朝、布団の中で始まる葛藤

朝、目覚ましが鳴った。
いつもの時間。いつもの音。
そしていつもの葛藤。

「……今日は、走るのか?休むのか?」

一瞬で脳が覚醒するかと思いきや、寒さがその目覚めをやさしくも残酷に奪っていく。
外は真っ暗。窓ガラスにはうっすらと結露。布団の中のぬくもりが、世界のすべてを包み込む。

脳が言う。
「今日は寒い。休んだほうがいい」
心が反論する。
「でも、練習メニュー的には走る日だろ?」

このわずか数秒の間に、ランナーの一日が決まる。
そう、今日走るかどうかで、その日一日の充実度も、自己肯定感も、ランナーとしての自信も変わる。

だがこの朝、私は布団を出られなかった。
あの強力な布団マグネットに、完敗した。


2. さて、これはサボりか?オフか?

ここで改めて自問する。
「今日のこれはサボり?それともオフ?」

一見どちらでもよさそうに思えるが、ランナーにとっては深刻な違いだ。
サボり=怠け。
オフ=計画的休養。

同じ「走らなかった」という結果でも、意味はまるで違う。
ランニングという世界では、この違いこそが“自分を許せるかどうか”を左右する。

だからこそ、私は今日の朝を分析する。
これは果たしてサボりなのか、それとも立派なオフなのか。


3. オフ説を強く主張する

まずは自己弁護から始めよう。
今日のこれは、オフである。

理由はいくつもある。
というか、理由ならいくらでも作れる。笑


(1) 体の疲労が限界に達していた説

昨日までの練習を振り返ると、たしかに体が重かった。
筋肉痛というほどではないけれど、足にわずかな張りが残っていた。
ふくらはぎの奥のほうがジワッと重たい。

「こういうときに無理すると、怪我するんだよな」
と自分に言い聞かせた。

つまり、これは自己防衛。
リスクマネジメントの一環としての休養。
決してサボりではない。


(2) コンディションは常に変動する説

計画を立てた段階では“走る日”だった。
でも、現実の体調や気象条件は計画通りにいくわけがない。

雨。寒さ。眠気。
この3つが揃った時点で、外に出る難易度は跳ね上がる。

走り出す前から負荷が高いのだ。
つまり、今日走らなかったのは自然の摂理。
環境要因を考慮した柔軟な対応。
むしろ「臨機応変に対応できる成熟したランナー」と言ってもいい。


(3) 心のリカバリー説

ランニングは体力だけでなく、メンタルのスポーツでもある。
毎朝走ることは習慣であり、同時に小さな戦いの連続。

その戦いが積み重なると、心にも疲労が溜まる。
ときには「もう今日は何も考えたくない」と思う日がある。

だから今日は、心のリカバリー。
ただの休みではなく、心のマッサージだ。


(4) Garminコーチもびっくりの過保護対応説

Garminコーチのアプリを見ていると、やたらと「リカバリーが必要です」と言ってくる。
こっちは走る気満々なのに、Garminは「今日は休め」と勧告してくる。

そんな過保護なコーチに比べたら、私の判断はむしろ堅実だ。
そう、Garminコーチを超える過保護モード発動。
AIを超える直感力。
もはや“プロのオフ”と言ってもいい。


4. それでも脳は心を騙す

しかし、この“オフ説”を唱えながらも、心の奥ではわかっている。
これは脳の策略かもしれない。


(1) 脳は怠ける天才

起床直後の脳はまだ半分眠っている。
前頭葉の働きが鈍い状態では、判断力が落ちる。

「今日は無理」「疲れてる」「寒い」
そう思うのは、脳が眠気を理由にサボりの言い訳を作っているだけかもしれない。

実際、起きてから10分もすれば体は元気。
走り出したら「あれ?走れたじゃん」ってことがほとんどだ。

つまり、脳に騙されているのだ。


(2) 脳の錯覚=布団マグネット現象

布団の温もりが快感物質を放出する。
快楽のホルモンが脳に届き、「ここにいよう」と命令する。

脳が勝手に、幸福を布団の中に閉じ込める。
走ることの幸福を一瞬、忘れさせる。

これは怠惰ではない。
脳による高等な自己防衛の錯覚
だがそれに負けた時点で、やはり結果は同じ。


5. 毎日走るという対抗策

この錯覚に打ち勝つ最強の方法は、シンプルだ。
毎日走る。

オフを作らない。
なぜなら「オフ」があると、そこに“サボり”が潜むからだ。

「今日はオフ」と決めた瞬間、脳は「じゃあ休もう」と安心してしまう。
その結果、翌日以降も「今日は休みでもいいか」が連鎖する。

だから私は、オフをスケジュールに入れない。
疲労したら走りながら調整する。
ペースを落としても、距離を短くしても、走る。
走るという事実が、サボりを消してくれる。


6. 眠気との戦い ― 眠くても眠くない説

不思議なもので、眠気というのは幻に近い。
走り出して5分もすれば、眠気は完全に消える。

つまり「眠いから走れない」は思い込み。
6時間寝ていれば十分。
人間の体はそんなにヤワじゃない。

走った後に感じる爽快感を思い出せばわかる。
「眠い」と思っていた自分は、ただ目を覚ます前の脳に騙されていただけだ。


7. ほんとうに無理なときは身体が痛い

ただし、脳の錯覚と本当の限界を混同してはいけない。

本当に体が悲鳴を上げているときは、痛みがある。

  • 足首に違和感
  • 膝のチクチクする感覚
  • 筋肉が動かないほどの重さ

そういうときは「サボり」ではない。
体が出す警告を無視すると、怪我やオーバートレーニングに直結する。

だから、布団から出られない朝に「痛み」があるなら、それはオフだ。
だが痛みがないのに出なかったなら……はい、サボりです。


8. オフかサボりか ― 結論はひとつ

ここまでいろいろ言い訳もして、理屈もこねて、
Garminコーチより過保護な理論も展開してきた。

でも、結論はシンプルだ。

予定通り走らなかった時点で、サボり。

寒さ?
眠気?
関係ない。

走ると決めたのに走らなかった。
それだけのこと。

脳が作り出した言い訳に負けただけ。
だから、今日の結論はこうだ。

「やっぱりサボりじゃん!」


9. サボりの中にも意味はある

ただし、サボりにも価値がある。
罪悪感を感じるということは、それだけ習慣が身についている証拠。

そして、サボった日の翌朝に走ると、妙に脚が軽い。
これがまた面白い。

「昨日サボって良かった」と思う瞬間もある。
でもそれは、サボりを正当化する理由ではなく、
休んだことをエネルギーに変えただけ。

つまり、サボりは悪ではなく、“リセット”でもある。


10. まとめ ― サボりを受け入れる強さ

結局、サボりもオフも紙一重だ。
そしてどちらにせよ、走るか走らないかを判断するのは自分。

重要なのは、サボったあとにどうするか
落ち込むか、笑い飛ばすか。

私は笑い飛ばす派だ。
だって、走らなかった日のほうが文章が長くなるんだから。笑

今日もこうしてブログを書いている。
つまり、走らなくても前進している。


結論:やっぱりサボり。でも悪くない。

オフかサボりか――
その境界線は、体の声と心の声、そして布団の誘惑の間にある。

でも今日の私は、布団に完敗した。
認めよう。サボりだ。

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