先日、日本新記録を樹立した大迫傑選手のインタビューを見ていて、ふと「LT」という言葉に目が止まった。LTとは「乳酸閾値(Lactate Threshold)」のこと。最近ランニング界隈でもよく聞くワードだが、LTの本質を理解せずにただ漠然と練習しているランナーも少なくない。僕自身も考えを整理する中で、LTの重要性とそれを取り巻く練習設計の本質が見えてきた。
LTの本質とは「筋肉の閾値」
多くのランナーが混同しやすいのは、VO₂MAXとLTの違いだ。VO₂MAXは心肺能力、つまり酸素を取り込む力を示す。一方LTは、筋肉が酸素を効率よく使える限界を示す指標だ。例えるなら、VO₂MAXが飛行機のエンジンなら、LTはその翼。両方が揃わないと飛べない。片方だけでは、レースでのパフォーマンスは決して最大化されない。
そしてここで重要になるのがジョグだ。ジョグは飛行機の機体にあたる。体力や筋肉の耐久力、関節や腱の強さを作る基礎部分であり、強い刺激ばかりを入れると壊れてしまう。だから、ポイント練習はVO₂MAXやLTに集中し、その他のジョグは疲労を最小限に抑えつつ耐久力を作ることに使う。耐久力が上がることで、VO₂MAXやLTのポイント練習を最大限効率的に行える。
30kmジョグは「耐久力」と「余裕ある心肺」を作る
長距離のジョグは心肺をほとんど使わずに耐久力を上げる役割を持つ。僕自身の体感では、30kmのジョグを行うとLTやVO₂MAXの直接的な刺激はほぼないのに、心肺に余裕が生まれ、筋肉の効率が上がった感覚がある。これは、長時間のジョグで筋肉の酸素利用効率や神経系の省エネ化が進むからだ。
一方で、30kmのペース走は、効果はあるものの疲労が大きすぎる。回復に時間がかかり、次のポイント練習に余力を残せないことが多い。だから週末のロングは、あくまでゆるランで走ることがポイントになる。
ポイント練習のタイミングと疲労管理
大迫傑選手は10日を1クールにしているそうだ。通常は1週間7日が1クールだが、これも疲労を考慮した設計だろう。LTやVO₂MAXのポイント練習は、最大出力を出すと体に大きな負荷がかかる。回復が不十分なまま次の強い刺激を入れると、効果が薄れるどころか故障のリスクも高まる。
一般のランナーは仕事があるため、7日周期で運用せざるを得ないことも多い。しかしここで大切なのは、**「気分で休む勇気」**だ。平日のポイント練習やジョグは、疲労が残っている場合は休む判断をする。日曜ロングジョグだけは例外で、ペースをゆるめることで毎週継続できる。これが、疲労を最小化しつつ、VO₂MAX・LT・耐久力の三角形をバランスよく伸ばす秘訣になる。
正三角形モデルで考える
僕は、能力値を正三角形でイメージして練習設計を考えている。
- VO₂MAX(心肺):土曜のポイント練習で鋭く刺激
- LT(筋肉):火・木で呼吸が乱れない範囲で精度重視
- 耐久力(ジョグ):日曜ロング+平日ジョグで土台を作る
正三角形を維持することで、疲労を最小限に抑えつつ、最大出力を出せる体を作ることができる。日曜のロングジョグ以外は練習時間を60分以内に制限することで、刺激の精度を落とさず、疲労を過剰に溜めないようにしている。60分制限はまさに補助輪のような役割で、耐久力や筋肉の土台が上がってきたら、自然に延長しても問題ないと考えている。
サブ4ランナーにこそ活きる本質論
重要なのは、まだサブ4を達成していないランナーにも、この考え方は十分適用できるということだ。ポイント練習は強度を高めるより、精度と疲労管理を重視することで、週単位の効率が上がる。ロングやジョグで土台を作り、VO₂MAXやLTのポイント練習は余力を残した状態で行う。これが、サブ4突破のための最短ルートになる。
週3回のポイント練習+日曜ロング+平日ジョグというサイクルは、仕事ランナーでも無理なく続けられる。疲労を最小化することで、毎週最大出力を出せる循環を作れるのだ。これがLTの本質であり、大迫傑選手の考え方から学べる最大のポイントだ。
まとめ
- LTとは筋肉の出力閾値であり、呼吸が乱れない速度で持続させる練習
- VO₂MAXは心肺、LTは筋肉、ジョグ耐久力は土台。三者をバランスよく伸ばすことが重要
- 平日60分制限は疲労管理最優先。疲労を最小化しながらポイント練習の精度を最大化
- 週3回のポイント練習+日曜ロング+ジョグで、三角形を維持する設計が最適
- 仕事が忙しいランナーは気分で休む勇気を持つことが長期的な成長の鍵
サブ4を目指すランナーにとっても、LT練習の本質を理解して実行することは、単なるスピード練習以上に重要だ。疲労を管理し、ポイント練習とジョグをバランスよく組み合わせることで、無理なく着実にレベルを上げられる。大迫傑選手の思考は、トップランナーだけのものではなく、すべてのランナーが取り入れられる本質論なのだ。

